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任天堂の岩田聡社長が死去 享年55歳、早すぎる別れに多くの悲しみの声

任天堂の岩田聡社長が11日午前4時47分、胆管腫瘍のため55歳の若さで死去したことが発表されました。

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(画像:「ロイター」公式WEBサイトより)

岩田氏は大学卒業後、株式会社HAL研究所に入社。
その頃から任天堂と密接に関わり、『バルーンファイト』などファミリーコンピュータのソフトのプログラミングを担当するなど、家庭用ゲームの黎明期においてプログラマーとして活躍。
1992年、HAL研究所の社長に就任して以降は『星のカービィシリーズ』、『大乱闘スマッシュブラザーズシリーズ』など、多数のヒット作品を開発し、『MOTHER2 ギーグの逆襲』では糸井重里氏と共にプロデューサーとしても参加するなど、活動の幅を広げました。

2000年に任天堂に入社、2002年には山内溥氏の跡を継ぎ、任天堂の4代目社長に就任。
「ニンテンドーDS」「Wii」といった当時の次世代ハードを生み出し、トップシェアを奪還するなど、その手腕は世界中で高く評価されました。

また、一方では任天堂の新情報を発信する番組「Nintendo Direct」において、社長職にありながら自らユーザーに向けてプレゼンテーションを行うなど、親しみやすい人柄でユーザーとの距離を縮めていました。

55歳という早すぎる別れには悲しみの声が届けられており、盟友の糸井氏は
「灯を消してくれなんて言ったのは、まぶしすぎた土曜日のことです。いまは、『暗くしていないで、せいいっぱいの今日をたのしんでください』と、岩田さんは言うと思います。もちろん、ぼくはそうします。」
とツイート。
また、『カービィ』『スマブラ』シリーズを共に制作した桜井政博さんは
「私にとって前の会社からの上司であり、立場を変え、場所を変えても一番の理解者でいてくださいました。
考えられる限り最高のリーダーだったと思います。」
と、感謝を述べています。
『ポケットモンスター』シリーズのゲームミュージックの作曲者・増田順一氏は
「ポケモンの理解者であり、素晴らしいリーダーでした。」
と哀悼の意を示し、『ゲームセンターCX』などで知られるよゐこの有野晋哉氏は
「『時間が出来たら作りたい』 て言うてはった岩田サンの新作ゲーム、やりたいです。」
と別れを惜しむツイートを公表。
その他にも、世界中のゲームを愛する人たちから感謝の言葉が送られています。

最後に、立場上ライバル関係にあるPlayStationの公式ツイッターにおいて公表されたメッセージを紹介し、岩田氏への敬意を表したいと思います。

「Thank you for everything, Mr. Iwata.」

 

★ななコメント

ソニーさんのプレイステーションの台頭で一時期トップシェアを失った任天堂さんが、再びゲーム市場をリードするようになったのは、岩田社長の手腕によるところが大きかったと言われています。

「Nintendo Direct」で、朗らかな笑顔で新情報を届けてくれる姿がとても印象的でした。

岩田聡さん、どうぞ安らかにお眠りください。

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